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2008-01-01

歩く

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 歩くことについて

本を閉じ、また開いていること(1.1)

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 私は本を閉じました。けれど、依然として本は開いたままでいます。このように書きはじめることで、私はあなた方に私の立場、というか私の文章の在り方を示唆することができるでしょう。この本は既に過去の人によって書き終えられたものであり、これから加筆されることはありません。そして私は、これより本を書きはじめます。

 

 『識子の書』がこの本の題です。またあなた方は、この本をラプンス・ストーリーと呼ぶことになるでしょう。この本はハイパストリーの体裁を持ちますが、私は単に線形的な順序によってこれを記します。そして、私はこの本を第一項から順番に記していくことはありません。いずれにしても、過去と未来の数多の記述がこれを補足し、またそれらの記述はこの本に含まれるでしょう。

 

 そして、私は本を開きます。私は立っており、目の前に草原が広がっています。背後、私の視界の外には魔王の城が見えます。いつか私は魔王の城に帰り、その玉座に腰掛ける女主人に挨拶するでしょう。しかし、私は今目の前の草原に向かって歩き出します。私はこのとき、自分があるきこという名前であることだけを知っているはずです。また同時に、これからの多くの時間自分はあるきこではないのだろうと言うことも予感していました。これが私の最初の記憶です。

地面にナイフを突き立てる理性教徒(1.2)

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 草原を歩いていると、突然人に出会います。彼らは私の方を見ることもあれば、見ないこともあります。会話をすることもあれば、しないこともあります。だから私は、彼らという人格の一端に触れることもあれば、触れないこともあるのです。

 

 その日はじめて出会ったのは、地面に跪いた男の子でした。男の子は、両手で覆うようにナイフを持っていました。

 

「他人の内面を想像しないで、平気で人を傷つける奴は知能のない犬だ!」

 

 男の子は、地面にナイフを突き立てました。刃先は、わずかな音を立てて土の中に沈みました。

 

「他人の内面をいいように解釈して、無責任な理解を振りかざす奴は汚らしい豚だ!」

 

 男の子はナイフを引き抜いて、また振り下ろしました。ナイフは、先ほどと同じだけの深さまで沈みました。

 

「他人の内面を知っているのに、何も感じず残酷なことができる奴は狡猾な猿だ……!」

 

 男の子は、同じ動作を繰り返します。

 

「消えてしまえ……!」

 

 男の子は繰り返します。

 

「人を平気で傷つける奴は……」

 

 男の子は、いつまでも繰り返します。

 

「この世界から、消えてしまえ……!!」

草原を歩くこと、およびその草原について(1.3)

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 私は草原を歩いています。この草原は見渡す限りのそれであり、山や森によって途切れることはありません。また、私は地平線の形状によって、この大地が球体星ではないことをすぐさま知ることができます。すなわち、私の目の前に広がる地平線は決して湾曲せず、私の視界の上下半分のところですっぱりと水平な直線を描いています。もちろん、これは私の前方に限ったことであり、私の背後には魔王の城があります。これらは全て、私が本から得た知識です。

 

 この草原は、どうやらかつてより草原であったようです。それが荒原であったことはあるかもしれませんが、森林であったことはありません。この草原が草原であり続けるのには、相応の理由があるのでしょう。私はここにいくつかの推測を挙げることができます。この草原を守る使命を帯びた部族が、この草原を草原に保っている。この草原を草原たらしめる原生生物が、この草原の生態系に組み込まれている。この草原は草原であるべきであり、宇宙の法はまずこの原則を達成するために組み上げられている。ですから、この草原が草原であるのはしごく当たり前のことなのです。

草原にクレストが転がっている、そのクレストは草原である(1.4)

02:14 | 草原にクレストが転がっている、そのクレストは草原である(1.4) - 魔王城地下実験 を含むブックマーク はてなブックマーク - 草原にクレストが転がっている、そのクレストは草原である(1.4) - 魔王城地下実験 草原にクレストが転がっている、そのクレストは草原である(1.4) - 魔王城地下実験 のブックマークコメント

 草原を歩いていると、色々なものに行き当たります。今、私の足下には薄いクレストが転がっています。このようなクレストは、草原によく落ちているもののひとつです。クレストは人のものであったり、集団のものであったり、場所のものであったり、概念のものであったりしますが、そういった固有のものはこの草原を歩いていると往々にしてこぼれ落ちてしまう類のものであるらしいです。

 

 ところが、私の見つけたクレストは、今ほど例に挙げたものとは少々種類が異なりました。なぜなら、そのクレストはどこから別のところからこの草原にもたらされたわけではなく、元よりこの草原固有のものだったからです。この草原のクレストには、次のような紋唱が刻まれています。

 

『汝らが歩くのは常に一方向である。しかし見よ、その道は世界の全てに通じている』

 

 そして気づきました。この紋唱を刻んだのは、未来の私だったのです。

エンカウント・リトルワイズマン(1.5)

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 そしてまた、草原を歩いていた私の目の前に男の子と女の子が現れました。

 

「さあ、またここに来た」

「この場所もずいぶん変わったのね」

「でも、どこが変わったのかは分からないな」

「変わることだけが確かなことなの。後のことは、私には何も分からない」

 

 男の子と女の子が、私には分からない会話をしています。そして 驚いたことに、男の子と女の子は手を繋いでいました。私は、これをかつて何度も本の中で読んだことがあります。物語のはじまりに現れるこのような光景を、私はエンカウント・リトルワイズマンと呼んだのです。男の子と女の子は、巡り巡る繰り返しの象徴であり、またその主体でもあります。その経験直線の先端に位置する彼らは、必ず手を繋いでいなければならないのです。

 

 男の子と女の子は、私に目を留めます。そして、私に理解できない言葉を私に投げかけます。

 

「あなたは彼女ではないね」

「あなたはCじゃないし、もちろんAでもない」

「ここに来るのは、てっきりAのような者の片割れだと思っていた。けれど、あなたのように、その限りではない人もいるんだね」

「あなたにとって、私たちは何ら特別な存在でもないし、象徴でもない……だから、私たちはあなたに何の示唆ももたらせないわ」

「貴重なことなんだよ。僕たちにとって、僕たちが特別な存在とならない、あなたのような人と話せることは、とても特別なことなんだ」

 

 私には彼らの言葉が何ひとつ理解できませんでしたが、私は彼らに対していうべき言葉を本の中で見つけていました。だから、私は彼らにこう言ったのです。それは、私がずっと以前から彼らに伝えたいと思っていたことでした。

 

「私はAではなく、Cでもありません。そして、私はWなのです」

長い髪のヴィイ(1.6)

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 また彼女についても、その本には記してありました。彼女にはじめて出遭ったのは、やはり草原においてのことでした。彼女のことをどう記すかで、私は少なからぬ時間を悩むことに使います。

 

 たとえば彼女は、自分のことを「髪の長い土地の霊」と名乗っていました。彼女と一緒にいた時は特に気にも留めなかったのですが、本に記すという段になって、私は彼女をどう表記したものかと決めあぐねたのです。

 

「髪の長い土地の霊」ではあまりにも名前らしくありませんし、「ロング・ヘアード・ヴィイ」とするのも彼女の意図を汲んでいるようには思えません。ヴィイは何人もいますが、ロング・ヘアード・ヴィイは一人しかない、という典を踏まえて、ここで私は仮に彼女をロングヘアードと記すことにします。

 

 ロングヘアードはロングヘアードの文脈を持っていました。ですから、ロングヘアードの存在をロングヘアードの意図に沿って正確に翻訳するのは、私がやるには心許ないことなのです。ですから、ロングヘアードを知るのに最もよい方法は、ロングヘアードに直接会ってみることであるに違いないと、私は確信しています。

 

人体視願(1.7)

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 ロングヘアードは、人間を視たいのだそうです。そういえば、この人間というのが一般名詞としてのものなのか、何らかの固有名詞を指すものなのか、私には遂に分かりませんでした。ともかく、ロングヘアードの持つ平行世界の記憶の中で、ロングヘアードはレイヤを隔てて存在する人間に出会うための研究をしていたのだそうです。

 

 レイヤを越えようとするこのような試みは、ロングヘアードの次元ではひどく困難なものでした。たとえば、ここに小石の列があります。小石の列を並び替えても、私たちから見た小石の存在は変化しません。ですが、小石の並びや配置が現象の本質そのものであり、存在そのものであるような世界に対しては、小石を動かすという私の行為が大きな意味内容の変動をもたらしたでしょう。ロングヘアードはまさに、そのように隔てられたあちら側とこちら側の世界を同一の意識で認識しようとしていたのです。

 

「……でもね。この世界では、そんな苦労は全くないの。……この世界で小石の中の世界を覗き見ることは、誰かの瞳の中の思いを覗き見るに等しい行為。だからここでなら、私は当たり前にニンゲンの身体を視ることができると思う……」

 

 ロングヘアードは笑います。ロングヘアードが笑うとき、彼女はとても困ったような顔をします。

 

「でも……別の問題があるの。それは……レイヤを隔てる認識の差にも等しい、絶対量としての膨大な距離の隔たり」